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SaaS/ASPにおけるカスタマイズのジレンマと効果的な対処法

現代は「ソフトウェアファースト」とも称される時代となり、数多くの企業がパッケージ化されたSaaS型サービスの導入を進めています。SaaSの利用は効率性とコスト面で非常に魅力的ですが、一律のルールに全ての企業が沿うわけではないのが現実です。大企業においては、この特性がより顕著となり、ビジネスルールや要望に応じたカスタマイズが必須となる場合も少なくありません。特にエンタープライズ向けサービスでは、基本的なソースコードをベースにしつつ、顧客特有の要求やビジネスロジックへの対応が要されます。

顧客の要求に応じてソフトウェアを適応させる際、カスタマイズ戦略の選択は提供側にとって重要な判断点となります。ある程度予測されるカスタマイズならば、設定変更やパラメータの調整で対処できることもあります。

しかし、想定外のビジネスロジックや特定の機能追加が求められた場合、どのようにしてそれを実現し、ソースコードを保守性高く管理するかは、技術者にとって大きな課題となることでしょう。

この記事では、カスタマイズの戦略として考慮すべき5つのアプローチについて、その特徴やメリット・デメリットを深掘りしていきます。各アプローチがどのようなビジネスシーンで有効かを理解し、自らのプロジェクトに最適な方法を選択できるようサポートします。

カスタマイズの特性を理解する

カスタマイズを適切に進めるための鍵は、その特性を深く理解することです。ここで注目すべきは、「カスタマイズのサイズ」と「カスタマイズ箇所の分布性」という2つの要素です。これらの要素をしっかりと掴むことで、カスタマイズ戦略の成功へと繋げられます。以下で、これらの要素に焦点を当てて詳しく解説していきます。

カスタマイズのサイズ

カスタマイズの範囲は様々です。例えば、単なるパラメータの調整やデザインの変更といった小規模な変更から、新しい機能の追加や既存機能の大きな修正まで考えられます。その範囲の大きさによって、実施に要する時間や難易度が大きく異なります。

カスタマイズ箇所の分布性

どの部分にカスタマイズの要望が集中しているのか、また、その変更が多くの機能に影響するような横断的なものであるのか、これらの分布性を理解することはとても重要です。この特性を把握することで、より適切なカスタマイズのアプローチ方法を選ぶ手助けとなります。

5つのカスタマイズ戦略

ソフトウェアのカスタマイズには様々なアプローチが考えられますが、その中でも特に代表的な5つの戦略があります。

・フィーチャートグル方式
・プラグイン/モジュール方式
・マイクロサービスアーキテクチャ方式
・カスタマイズ用の専用ブランチ
・固有のリポジトリ

それぞれの戦略は独自の特色や適用ケースを持ち、適切な戦略を選択することで、カスタマイズの効果を最大限に引き出すことが可能となります。各戦略の具体的な内容やそのメリット、デメリットについては、次の章で詳しく解説していきます。

フィーチャートグル方式

フィーチャートグル方式は、特定の機能を動的にオン・オフ切り替えるための手法です。これにより、顧客ごとの独自のニーズや要望に対応するカスタマイズを、細かく制御することが可能となります。例えば、特定の顧客グループのみに新機能を提供したり、異なる顧客ごとに特定のルールや設定をフラグで切り替えることが容易になります。

適用ケース

カスタマイズサイズが小規模、箇所が全体に散在

メリット

・機能の導入や変更を段階的に行うことが可能
・トグルで管理するためシンプルな仕組みで導入難易度が低い

デメリット

・管理すべきトグルが増えると、その複雑性が増す恐れがある
・使用されなくなったトグルが残存すると、後のコードメンテナンスが困難になることがある

具体的な実装例

設定ファイルやテーブルによってフラグを管理し、そのフラグの状態により機能を動的にオン・オフすることが一般的です。例として、新しいユーザーインターフェースの導入や、高度な検索機能の追加など、特定の機能を特定のユーザーグループにのみ提供する場合などにこの方式が利用されます。

プラグイン/モジュール方式

プラグイン/モジュール方式は、ソフトウェアの基本機能を拡張するための外部コンポーネントやモジュールを追加するアプローチを指します。この方式により、顧客ごとの特定の要望やニーズに応じて、必要な機能のみを追加・組み込むことができます。基本的なソフトウェアのコアは変更せず、プラグインやモジュールを介してカスタマイズを実現するため、安定性を保ちつつ柔軟な拡張が可能となります。

適用ケース

カスタマイズサイズが中規模、箇所が特定の領域に集中

メリット

・基本のソフトウェアを変更せずに拡張が可能
・必要な機能のみを追加することで、システムの軽量性を維持

デメリット

・多数のプラグインやモジュールが存在する場合、それらの間の競合や依存関係の管理が難しくなる可能性
・プラグインやモジュールの品質や互換性が不確かな場合、全体の安定性に影響を及ぼすリスクがある

具体的な実装例

顧客ごとの振る舞いを個別に定義し、動的に読み込むように制御します。例えば、Rubyのモジュールを用いて顧客ごとの振る舞いを実装する場合、Mixinを活用して共通のクラスやモジュールに特定の振る舞いを追加します。また、Javaではインターフェースを利用して、顧客ごとの振る舞い部分を実装することが考えられます。設定ファイルや環境変数を活用して、読み込むモジュールやクラスを動的に切り替えることで、基本的なフローを維持しつつ、異なる振る舞いのみを変更することが可能となります。

マイクロサービスアーキテクチャ方式

マイクロサービスアーキテクチャ方式は、大きな単一のアプリケーションを小さな独立したサービスに分割する設計手法です。これにより、顧客ごとの特定のニーズや要望に応じて各サービスを独立して開発・デプロイすることができます。例えば、一部の顧客に特化した機能やサービスを提供する場合、その機能だけを持つ独立したマイクロサービスを開発し、デプロイ時に顧客ごとに適切なマイクロサービスを適用させるようにすることでカスタマイズを実現させます。

適用ケース

カスタマイズサイズが大規模、ビジネスロジックやサービス単位での分離が必要

メリット

・柔軟性が高く、顧客の特定の要望に迅速に対応可能
・開発チームの独立性が向上し、各チームごとにサービス開発に集中できる

デメリット

・システム全体の複雑性が増加し、管理や監視が難しくなりやすい
・サービス間の通信に関する考慮が必要

具体的な実装例

顧客ごとの独立した機能やサービスが求められる場合、それを個別のマイクロサービスとして設計・実装します。例えば、特定の顧客のための特別な計算ロジックが必要な場合、そのロジックを持ったサービスを新しく作成し、APIを通じて他のサービスやフロントエンドから利用できるようにします。

デプロイの際には、マイクロサービスアーキテクチャの特性を活かし、サービスごとに独立したコンテナ化された環境を構築します。例えば、Dockerを用いてサービスのコンテナイメージを作成し、このイメージを各顧客の環境に合わせてデプロイします。これにより、顧客ごとのカスタマイズされたサービスを効率的に運用・展開することが可能となります。

カスタマイズ用の専用ブランチ

カスタマイズ用の専用ブランチ方式は、バージョン管理ツールを使用して、各顧客の特有の要求やカスタマイズを独立したブランチとして保持するアプローチです。これにより、共通の基盤は一元的に管理しながら、顧客ごとの特定の変更や追加機能を柔軟に取り込むことが可能となります。

適用ケース

カスタマイズサイズが中~大規模、一時的なカスタマイズや特定顧客向けの機能追加

メリット

・顧客ごとのカスタマイズ内容を明確に分離・管理できる
・シンプルであるため導入ハードルが低い

デメリット

・ブランチ数が増加することで、管理やマージ作業が複雑化する可能性がある
・メインブランチにの大きな変更が入ると、各カスタマイズブランチへのマージ作業が手間になる場合がある

具体的な実装例

Gitなどのバージョン管理ツールを用いて、メインブランチから顧客ごとのカスタマイズブランチを作成します。顧客固有の機能や変更点はそれぞれのブランチに適用し、本体となるソースコードの変更時はメインブランチからカスタマイズブランチにマージする形で対応します。

固有のリポジトリ

固有のリポジトリ方式は、各顧客のカスタマイズ要件に基づいて独立したリポジトリを作成・管理するアプローチです。これにより、顧客ごとに独特なカスタマイズや変更が必要な場合に、その要件を明確に分離し、他の顧客のコードとは別の環境で開発・保守することができます。

適用ケース

カスタマイズ範囲が大規模、顧客ごとの完全な独立性が求められる

メリット

・顧客ごとの要件に柔軟に対応可能
・他の顧客のコードに影響を及ぼさずに開発・保守ができる

デメリット

・リポジトリの数が増えると、管理や同期やテストの工数が増加する
・共通の変更を複数のリポジトリに適用する際に労力が増える可能性がある

具体的な実装例

Gitなどのバージョン管理ツールを使用して、顧客ごとに専用のリポジトリを作成します。共通のコードベースに変更があった場合、それを各顧客のリポジトリにマージする作業が必要になることも考えられます。

カスタマイズ戦略の選び方

5つのカスタマイズ方式を、「カスタマイズのサイズ」と「分布性」に基づいて、マトリクス図を作成すると以下の図のようになります。それぞれのカスタマイズ方式ごとに適正なパターンが存在しますので、プロジェクト要件にやニーズによって、どの戦略を選択するのか、組み合わせるのかを定量的に判断することが重要になります。

カスタマイズ戦略マトリクス図

まとめ

ソフトウェアのカスタマイズは、企業やプロジェクトの独自の要望やニーズに対応するための重要な手段です。今回、カスタマイズの範囲の大きさや箇所の分布を基にした5つの主要なカスタマイズ戦略を紹介しました。各戦略にはそれぞれの特色や適用ケース、メリット・デメリットがありますので、プロジェクトの特性や要件に応じて適切なものを選ぶ必要があります。特に、マトリクス図を利用して戦略の選定を行うことで、より的確なカスタマイズを行う道筋が見えてきます。